脱読書感想文宣言

えー、誠に勝手ではありますが、私、本日を持ちまして

 脱読書感想文宣言

をさせていただきます。

 最大の理由は

 子供の読書嫌いを加速する

からであります。


 読書感想文を書いて本が好きになった子を見たことがありません。

 考えても見てください。
 「本を読んだから必ず感想文を書かなければならない」というルールがあったら、気軽に本を読むようになるでしょうか?少なくとも私は無理です。読んだ本をパソコンで1年間目録を作ったこともありましたが、目録づくりがたまってきて、苦痛になってやめました。その前に、「これ読んだらまた打ち込まなきゃ」と思ったら本を読むのが億劫になったので、「こりゃいかん」とやめたのです。

 そんな方法で、本を好きになるわけがありませんわな。

 もちろん感想文を言いも悪いも「書きたい!」と思うことはありますよ。
 でもそれは「書きたい!」とたまたま思うだけで、いつも書くわけではありません。

 また、自分の読んだ本の感想、書評を必ず書く方おられますわな。
 それは、普通ではなく、「偉い」のです。皆をそのレベルで考えてもらっては困ります。
 しかもそれは、「本が好き」というラインを自力で超えてからのことではないでしょうか?
 今から本を読ませたい子供たちにそれを初めから強要していい結果が出るでしょうか?

 なぜか?
 本て、いや、物事というのは継続性が大事であり、継続することで習慣となります。
 年に数回、しかもどうやって選んだのかわからない(選定基準が明らかになったこともないですな)本を読まされて、そして書きたくもない感想文を書かされて、読書が習慣化するでしょうか?


 もう1つ、大きな問題点があります。

 多くの学校の先生が、読書感想文の書き方を知らない+書けない

ということです。

 「はあ、なめんじゃねえ」という先生、おられます?
 じゃあ逆に聞きますけど、

 読書感想文の書き方の指導をしたこと、ありますか?
 まさか「読んで感じたことを好きなように書くのです」は指導ではありません。
 プロの技ではありません。
 マインドマップでも使って設計図を作らせ、書く順番を決めさせたり、自分の経験を思い起こさせたりさせてますか?

 少なくとも、私と私の子供がが習った、知っている先生でそういう指導をされた方をみたことはありません。

 皆、休み前に原稿用紙を配るだけ。
 原稿用紙の使い方は国語の教科書使って教えているみたいですけど。

 「そうやって教えると型にはまるからダメだ」

 えっと、ピカソも絵を書き始めてから死ぬまで毎日最低3枚の正確なデッサンをしていたそうですよ。
 「序破急」って知ってます?
 型を破るのは、型を知ってから。
 それは、「自由、個性」ではなく「未熟」なだけ。指導放棄。

 学級通信の文章もろくろく書けず、学校からの通信文の敬語も間違っているのに、子供に読書感想文の指導なんてできるのかね??(うちだけか?)


 90年代に話題となった「読書はパワー」には「読ませるだけで(軽読書でもOK)国語力は増大する」ことがデータから明らかにされています。その後感想を書かす必要など全くない、と。

 本当に、子供に読書をさせたいのなら、

  ・学校で読書の時間を毎日とる。(朝読書として10分もOK、というより推奨)
  ・家で親も本を読む習慣を子供に見せる。そしてその時間を取る。
  ・図書館に足げく通う。

を推奨します。

 ソースは忘れましたが、読書感想文自体、ある出版社の社員が自社本の販促の為に考案したものだとか。
 また、小さな出版社(特に児童書関係)にとっては課題図書に選ばれれば、3年分の利益が出るとか。

 国を左右しかねない学力に直結する子供の読書にたかって利益をあげる人たちの為に、子供たちの読書をつぶしていいのでしょうか?
 そろそろいいかげん脱読書感想文をしていいんじゃないでしょうか。

 代わりに皆でちゃんと本をよみましょうよ。





 ・・・・と、子供の読書感想文を見てて腹が立ったので書いてしまった・・・・
 いや、まじでちゃんと指導してくれよ、先生・・・・
 親に丸投げしすぎだわ。
 それ指導すんのがセンセの仕事だろ?
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同感

迅師匠へ

ご無沙汰しております。mitzritです。
いつも楽しく拝見しております。

私も感じておりますが、現在の国語教育は
“感覚”という基準無き基準に支配されております。

そこには、“クリティカルな文章の読み”という視点が
欠けているのであります。

他者を批判するということは、他者の見解をきちんと理解
することが必要となるはずですが、今の義務教育のスタンス
は他者批判をタブーとしております。

作文指導を云々する前に、クリティカルな文章の読みを
教員達には見せて欲しいと思います。

これは難しい議論ですね。

私は物心ついてからの本好きで、
今の今まで本を手放さない生活をしてきましたが、
ほとんどろくな読書感想文など書いたことも、
書かされたこともありません。
そのせいでしょう。
とても貧弱な読書力のまま、
大好きな部分ばかりクローズアップする読み方で来ました。
もちろんほとんど忘れてしまいます。
こんな読み方だから、本当の教養も身につかずじまいだったのですね。

ほんと廃止しましょ

mitzritさん コメントありがとうございます。

クリティカルな文章の読み、なるほど。
他者批判をタブーとしているのは全くその通りですね。
する側もされる側も慣れてないから、お互い真意を汲み取って論議したり、けんかではなく人間関係を壊さずに冷静に論議する能力がないためにネットで炎上する一因になっているのかもしれませんね。
安全や他者への心遣い、なかよし重視でいろいろな危険なことを禁止、排除した結果いろいろな歪みを生んでいるのかもしれませんね。

まあ、普通の教員にはそんな力ないでしょうね。



Hologon158さん、いつもありがとうございます。
>大好きな部分ばかりクローズアップする読み方で来ました。
>もちろんほとんど忘れてしまいます。
これが「読書」を習慣とする、ことではないでしょうか?
読書本来の姿だと思います。

私は本当に、朝読書や読書の時間というような継続的な手段を講じないことには読書力アップはないと思っています。読書感想文コンクールなんて、バレンタインデーを作ってチョコ売ったのと同じくらい商業主義なイベントで教育的効果はゼロ、いやむしろマイナスだと思ってます。

・・・・なんていう人間、ほとんどいないんでしょうね。
    
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E-1にはプラナー50mmがよく似合う(ピント合わないけど)。

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